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渡辺晋平ブログ#1

[2017年4月11日]

ID:4569

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渡辺晋平ブログ#1


理由



東京(世田谷区用賀)で生まれ、神奈川県川崎市で育ちました。

東に行けば、京浜工業地帯。

北へ行けば、渋谷、新宿、東京。

南に行けば、横浜。

校庭での体育の授業は晴れでも時折中止。コンビナートから来る公害。晴れた日の光化学スモッグ。

放課後、外で遊ぶと肺が痛かった。

環境とかエコとかやっと考えはじめられた。そんな時代。

世界の港横浜というブランドもなく。

多国籍シティ東京でもない。

遠い昔、京浜工業地帯の出稼ぎ労働者で形成した街。

交通の便は非常に良く、東京、横浜、コンビナートで働く人の家の住宅密集地。

人が非常に多く。歩きスマホや自転車。うかつに車の運転できない。

高校帰り、制服で渋谷へ。文化は横浜でなくやっぱり東京。されど川崎。

世界一きれいな横浜の水。世界の船はみんな横浜で水を補給する。

今は鮎が戻ったけど、小学校の頃の多摩川は茶色い水にヘドロしかなかった。

それでも多摩川を泳ぎ、釣り(鯉)もした。

環境ホルモンで鯉はメス化していた。泳ぎは止められた。

川崎は、北部(内側)と南部(海側)でガラリと形相を変える。僕は北部男児。

北部は芸術の街。東宝、日活、角川、大きなスタジオが近くにあった。

岡本太郎、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Aが住んだ。

映像業界の人、漫画家が多かった。

裕福だった。どちらかと言うと。恵まれていた。

最新のおもちゃは全部持ってた。お小遣いも不自由しなかった。

両親は地方公務員。父親は本当に厳しかった。後に愛と気づいた。

母親は、てんじょうびと。考え方はとらえようがなく、心は宇宙だった。

世田谷にいた祖父はかっこよかった。旧逓信省から後のNTTにいた。

今でも祖父に近づきたいと、500万倍の努力をしても足元にも及ばない。

おもちゃはすべて祖父に買ってもらった。お小遣いももらった。

夏休み、友達はみな田舎へ帰った。うらやましくてしかたがなかった。

夏休みは遊ぶ友達がいなかった。

祖父にいろいろなところに連れて行ってもらった。

銀座に上野、日本橋。デパートの屋上、小銭を入れて乗り物に乗り、戦隊もののショーを見た。

怪人に連れ去られる子供が選ばれる。恐怖で泣きそうだった。


祖父は、口数は少なく大人しかった。

視ることを覚えた。とにかく観察した。


祖父に連れて行ってもらった、静岡県伊豆半島の南端、下田。

海が透きとおっていた。涙が出るほど感動した。

泳いだ。臭くなかった。海中で目を開けた。海の底まで見渡せた。

潮で目が痛かったが我慢できるレベルだった。

川崎の川、神奈川の海では、目は開けられなかった。何も見えなかった。


僕の育った川崎市登戸という所には、大日本帝国陸軍の登戸研究所があった。

今は、明治大学(生田キャンパス)専修大学になっている。

諜報機関で諜報、防諜、謀略、宣伝を研究し、実践していた。

法規にすらその存在は記載されていない。


情報が集まる所だった。映像業界から、コンビナートのいろいろな技術者から、

学者から、漫画家から、海から、都内から、横浜から、川崎をベッドとするたくさんの人から・・・

考え始めた。若い頃から。

金融の始まり。金融の基本原理。食料のバランス。世界を行き来する食料の行方。

日本の地形。エネルギーについて。少子化。メディア。世界の労働と賃金。地震。津波。

食品添加物。医療。世界と日本。法律と憲法。人と人々と人類。


アウトドアが好きだった。山はなかった。川は汚染されていた。

窓を開けても緑はなかった。部屋でサバイバル読本を読んでいた。


京丹波町は鹿が多いが、渋谷にはねずみが多い。川崎も然り。


常に現場は東京であり、横浜だった。川崎は、その人たちが帰るベッドでしかなかった。

川崎は現場でないから、夜は人が集まった。情報だけはたぶん一番集まった。

情報を精査した。

とにかく情報が溢れていた。悪い情報の方が多かった。

治安が悪かった。ここで子供はとても育てられないと思った。

情報を精査した後、選択肢を二つぐらいに絞り、最終決断は感に頼るようになった。

身体を鍛え、ブラジリアン柔術を始めた。

柔術は日本人が考えたものだと、その時、初めて知った。 


海には良いイメージがなかった。

山へ行き、狩猟しようと思った。里山から、山水、エネルギー、食料を

分けてもらおうと思った。

地域おこし協力隊になる前に京丹波町へ来た。ここだ。と思った。感は当たった。

山に入った。人が本来いた場所だと感じた。

山にはデジタル的な情報は一切なかった。感が頼りだ。

生か死。それしかなかった。

命を頂くという、その死を知り、自分は今生きていると感じた。



僕がここに来た理由


 


 


 


 


 


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